記事内容はあくまで新聞社のものであり、内田の意向とは別であることを念頭に置いてお読みください。
紙面の画像(3MB)はこちらです。
1999年06月20日の朝日新聞朝刊35面(社会欄)
------------------------------------------------------------
針きゅう特訓中 企業人生より「手に職を」(崩職 仕事が大変!)
99.06.20 朝刊 35頁 1社 写図有 (全2037字)
手に職をつけて生き残りたい。有名企業のサラリーマンたちが、必死の思いで針きゅう・指圧師を目指している。
破たんした山一証券にいた内田智康さん(三六)は昨春、東京都内の専門学校に入った。
三百九十万円の退職金すべてを学費に回した。「三十代半ばで十代と机を並べるのか」と覚悟していたら、クラスを見渡して驚いた。
三十一人中、高校の新卒はわずか三人。同級生の多くが大卒・短大出で、大企業の元社員が目立つ。
ソニー、大和証券、安田火災海上保険、日本たばこ産業(JT)、ヤナセ、サッポロビール……。
みんな国の免許を取るのが目的だ。三年間通って規定の課程を履修すれば、国家試験の受験資格が得られる。受かれば開業できる。
両親は「なんで今さら……」と反対したが、いつクビを切られてもおかしくない時代は続く、と思った。
「お父さんやお母さんの思い描く生活設計じゃ生きていけなくなってるんだよ」と説得した。
一つ上のクラスの樋口正幸さん(五四)の名刺の肩書は「浮(はぐ)れ雲」。
裏面には「H7年10月 富士ゼロックス社を早期退職しております」と印刷してある。
早期退職の優遇制度で辞めた。埼玉県の工場で部品納入から出荷までを仕切る管理職だった。
年収は千五百万円近く。やりがいを感じる一方で、海外の工場開設で国内の工場の役割が変わるのではないか、と不安もあった。
優遇制度では、退職時の年収の六割が五年間確保される。定年後を見越して、ずっと関心を寄せていた東洋医学を学ぶことにした。
家族の不安をかき消すために、半年ごとの「行事」がある。
退職金や年金の残高、生活費、息子と自分の授業料やローンの残り、保険料などをパソコンで打ち込み、将来予測を一覧表にして妻に渡すのだ。
最新の表に、こうある。
二〇〇一年 開業〜立ち上げ 息子の巣立ち
二〇〇二年 生計確保
勤めながら、週末や夜間に通い続ける人も多い。
ある私立大学の女性職員(三五)は昨春、入学した。
航空会社勤務や国際会議の折衝役を通して英語力を磨いてきたが、将来の見通しに自信が持てない。
「何年も勤めたからといって、つぶしがきくわけではない。多少環境が変わっても、長く通用する力をつけたい」と話す。
一流電気機器メーカーの中堅社員は、早朝・休日出勤して会社の仕事に穴をあけないようにしながら通学しているが、迷いも消えない。
「退職して針きゅう師として一本立ちできるまでの生活を考えると、リスクは高い。
開業しても私の試算では年収はせいぜい四、五百万円だろう。資格だけは取って備えておき、様子を見極めるのがベスト」
大手銀行に勤めていた中年男性は、数年前に体調を崩し、営業の第一線から離れたのが退職のきっかけになった。昨年のことだ。
「肩たたき」の経験はないが、通院などで休めば、しわ寄せは同僚にいく。銀行に余裕のある時代は終わった。
同僚に迷惑をかけることが精神的圧力になった。
「自分は銀行の戦力として必要か」と自問した。出した答えは「今の自分ではだめだ」だった。会社から慰留されたが、「潮時です」と答えた。
専門学校に入るのも簡単ではない。高齢化社会に向けての将来性や東洋医学・健康食品ブームも手伝い、受験競争率は、毎年五、六倍に上る。
都内で二十八年間、治療院を開いている全盲の針きゅう師(五〇)は、ライバル続々出現の空気を複雑な思いで感じ取っている。
「この世界は腕前第一。サービスを競い合うのは業界にとっていいことだが、優秀な人材が増えれば、私たちも本当の弱肉強食の世界に投げ出されるだろう」
○短大・大卒、高卒を上回る
東京衛生学園専門学校(大田区)では、最終学歴別志願者の高卒者と大卒者の占める割合が、一九九七年度から九九年度にかけて逆転。
高卒二〇%、短大、大卒四〇%となっている。
年齢構成も三年前と比べ、十七−二十歳が一七ポイント減の二四%、二十一−三十歳が一〇ポイント増の五五%。
三十一−四十歳が四ポイント増の一三%などとなっており、就労経験のある高学歴の人材流入ぶりをうかがわせる。
同様の傾向は、専門技能を身につける専修学校全体にも当てはまる。
文部省が九七年十二月に行った実態調査では、在学者全体に二十二歳以上が占める割合は約一四%となり、十年前より少し増えた。
●体験談をお寄せ下さい
長引く不況の中で、読者のみなさんの職場環境や暮らしはどう変わっているのでしょうか。体験談などを募集します。
あて先は〒104−8011 朝日新聞東京本社 社会部・不況取材班。
ファクス番号は03−5541−8862。
電子メールのアドレスはsyakai1@ed.asahi.comです。
【写真説明】
針きゅう師を目指し、手技の実習にはげむ生徒たち。
資格取得後は、病院や針きゅう院に就職する人も多い。
決して楽ではないが、「年とともにキャリアのつく仕事を」と志願者は増えている=東京・渋谷の日本鍼灸理療専門学校で
朝日新聞社