私の生き方――政党の要職から転身、指圧も「人のため」(生活家庭) 97.06.13 本紙夕刊 17頁 写図有(全1966字)  「転身」という言葉が、これほど似合う人はいないだろう。政治の世界に身を置き、 世界中を所狭しと飛び回っていた女性が、一転、指圧師として第二の人生を歩もうと している。その決断の裏には、「だれのために生きるのか」という彼女自身の大きな “政策転換”があったようだ。  「どう、調子は。ちょっと固いねぇ。でも、前より張ってないみたいだよ」。白い トレーニングの上下に身を包んだ田口幸子さん(59)は、患者さんの背中をマッサ ージしながら語りかける。指圧師になって、わずか二カ月だというのに、その姿は堂 に入ってる。「まだ若葉マークだし、自分の腕にすごく自信があるってわけじゃない。 ただ、その人が持つ自然治癒力の“助っ人”になれれば、っていうだけなんだよね」 とあくまで謙虚だ。  ハーバード大に留学  こんな現在の田口さんの姿を、だれが想像できただろうか。「というより、自分が 一番びっくりしてるよ」と豪快に笑う。生まれは、東京・東銀座の歌舞伎座の近く。 その後、足立区に引っ越し、下町っ子として育った。法政大学の大学院で国際政治を 専攻した後、米ハーバード大学に留学。帰国後の六八年、留学前から身を置いていた 学生運動のつながりで、旧民社党本部国際局に就職した。  「政治ってのは『大勢の人を、より早く豊かにする最適な手段だ』って習ったし、 そう信じてたから」。一人の人間が、困っている人を一人や二人助けたとしてもそこ には限界があるが、政治という方法を使えば、多くの人を一度に救えると。  その後、党を離れ国際協力事業団青年海外協力隊事務局や、国連開発計画(UND P)のスーダン副代表として赴任。八一年に再び旧民社党に戻り、国際局事務局長を 務めた。モンゴルやカンボジアの総選挙の国際監視団に参加するなど、目指した道を 突き進んでいたかに見えた。  しかし思わぬ転機が訪れる。四十歳になってから始めたマラソンやクロスカントリ ースキーの延長で、九三年四月、自称「アウトドアラー」は「世界で最も過酷なレー ス」とうたわれるモロッコでのサハラ・マラソンに参加。全行程二百キロメートル、 十五キロの荷物を背負ってのレースを無事完走し、帰国した。その話を聞きつけた人 に、都内の老人ホームで「元気が出る話をして欲しい」と頼まれた。  月収の半分を月謝に  講演の後、施設内を見学させてもらった田口さんは、何げなく入居している高齢者 たちの手を握った。それだけでうれしそうな顔を見せてくれるお年寄り。なかには 「家族が来てくれない」と訴える人や、涙ぐむ人もいた。  時に政界も大きく揺れ動き、民社党という党の存続自体も危うくなってきていた。 「多くの人のために、と目指した政治にかかわっていて何もやれないよりは、一人で も二人でも、人のために何かしようと思った」。針やお灸(きゅう)のように道具も いらない指圧師なら、手軽だし、もっとお年寄りたちに喜ばれるはずだと、専門学校 の入学試験を受け合格、翌年の四月に入学した。「あまり、深く考えず、パッと決め てしまった。でも、民社党はどっちにしろ辞めていた」とキッパリ。そして、友人の だれもがその選択を信じなかった。  『ユニフォーム テキストも買い準備よし あとはやる気と自らにいい』――。入 学式の朝に、田口さんが作った短歌だ。月曜から土曜日の朝九時から十二時半まで、 高校を卒業したばかりの若者にまじって、三年間ほとんど欠席することなく授業に通 った。  入学金は友人に少し援助してもらい、収入も友人が世話してくれたボランティア団 体の事務の月収二十万円だけ。半分を月謝などに使い、半分を同居していた父親と愛 犬との生活費に充てた。「おかげで、昼は立ち食いそばを食べる習慣がついちゃった」  仏首相とは旧知の仲  今年四月、晴れて指圧師の国家試験に合格した。開業もできるが、その気はない。 現在その腕を披露するのは、もっぱらボランティアとしてだ。足立区内に住んでいる 高齢者や、親の介護をしている人の家に出向き、週四日三、四人ずつマッサージを行 っている。  「そういう人にとって、指圧をしてもらっての喜びは実は半分。後の半分は、話を 聞いてもらっていることのうれしさなんだよね」。なかには、帰るときに夕食を包ん でくれたり、プレゼントをくれる人もいる。「政党にいたとき、選挙になれば大きな 金が目の前を右から左に流れた。でも、そんなお金より、今、こうしてもらう物の方 がよっぽど価値がある」  今月初め、新聞を見て驚いた。古くからの友人であるフランス社会党の第一書記だ ったジョスパン氏が、仏首相に任命されたことだ。「でも、彼に言ってやりたいね。 本当に、人のために政治をやってるかいって。私は、ほんのわずかな人のためかもし れないけど、ちゃんと人のためにやってるぜ! ってね」 =毎週金曜日に掲載 日本経済新聞社