PHP研究所刊 月刊「ほんとうの時代」1999年3月号 連載・元気づくりのパイオニアたち・No.39 ガンを始めとする難病で苦しんでいる人は多いが、その一方で、病気とは いえないものの、身体の不調を感じている”病気予備軍”が圧倒的な数に のぼっているのも現代人の特徴だ。そのため健康食品や栄養ドリンクが 売れているが、「そういったものを飲む前に、とにかく一度、健康のための 断食を試してはいかがですか」と國田一郎さん(44歳)は呼びかけている。 そのめざましい効果を実感して、健康断食を生活の中に取り入れる サラリーマンも増えている。 取材・文 平野勝巳 ノンフィクションライター ★途中棄権を覚悟で七泊八日コースに参加★  静岡県伊東市にあるアイジャパン活ノ豆健康センターの断食療法は、 三日間の断食を含む七泊八日のコースが中心になっている。  そのため長期の休暇をとりにくい人の利用は少ないが、それでも リフレッシュ休暇などを使って参加するサラリーマンは増えているという。  横浜市に住む電気機器メーカーの営業マンの前川裕之さん(41)もその一人。 「断食は究極のリフレッシュでした」という前川さんの体験を紹介しながら、 まず断食療法の実際を紹介しょう。  前川さんは、平日のうち自宅で夕食を食べるのは週に一回程度。 あとは外食ばかりで、接待などでお酒も毎日飲む。おかげで体重は 「入社してから毎年一キロずつ増えた」という生活を続けてきた。  それでもとくに体調を崩したことはなかったが、会社の定期健診で 「肝臓の数値が悪い。このままだと確実に生活習慣病です」と宣告された。 そこで、勤続十五年でもらえる一カ月間のリフレッシュ休暇を使って 断食を体験してみよう、と思い立った。  断食の効能は体験者の先輩から聞いていたが、迷いもあった。  「食べることと飲むことが大好き人間。ソバだけの昼食にすると夕方、 立ちくらみを覚えるくらいなので、三日間の断食に耐えられるかどうか 心配でした。まあ、途中棄権してもいいや、というつもりで思い切って 参加したんです」  同センターでは随時、断食療法の参加者を受け入れているが、初めての参加 者には、はかの参加者と一緒に断食をする「グループ断食」を推奨している。 一人の場合と違って断食の辛さや楽しさを共感し合うことができ、 料金も個別の場合よりも割安な九万九千円(消費税別)になっている。  前川さんもグループ断食を選んで申し込むと、センターから「参加の二日 前くらいから少しずつ食事を減らして来所してください」という指導があり、 それに従って当日、少し空腹を覚えながら伊豆に向かった。  グループは十人。男性は前川さんともう一人だけで、女性のなかには ダイエット目的と思われる参加者も数人。面接のあと、ツボに電極をあてて 自律神経の機能状態を調べる良導絡検査をして、各種の物療機器による治療を 受け、最後の夕食をとる。  同センターには、断食をしない保養コースもあり、その食事は主食(玄米)と 副食が半々で、副食は魚介類1、豆や豆腐などの植物性タンパク質1、 野菜・海草顆3で、「1・1・3のバランス食」という考え方が貫かれている。 ★海の莫しさに二十分くらい感動する★  さて、断食前夜は熟睡。朝は全員で練功十八法という健康体操をし、 治療器でマッサージなどを受けて、景勝地の城ヶ崎海岸に続く遊歩道を 十五キロくらい散歩。そのあと自分の部屋でテレビを見たり、温泉に入っ たりして過ごしたが、「階段を走ってのぼれたくらい」の元気は残っていた。  しかし、午後には少しずつ断食の影響が出てきた。持参した本を読もうと 思っても、集中できず、読み進めない。夜も、空腹感で熟睡できなかった。  断食中は、備えつけのイオン水や薬草茶は自由に飲むことができ、玄米酢と 天然酵母をブレンドした「ビネガー酵母液」という特製ドリンクも一日に一本 だけ許されている。このドリンクを飲むと「ちょっとだけカが出る」という。  二日目は、足が重くなった。近くの温泉に入ったとき、フラッときたりした。  「道路沿いの飲食店の看板はかり気になって、水を買うために入った コンビニでも、おでんの匂いが強烈にお腹に響いた」(前川さん)  三日目。ぶつうは、このころから「断食反応」と呼ばれる現象が出てくる。 國田さんによると、身体がだるくなり、独特な倦怠感に襲われる。さらに 腰が悪い人は腰痛、頭を酷使している人は頭痛、暴飲暴食気味の人は 吐き気などをもよおす。  しかし、個人差もあり、前川さんの三日目は「頭がすっきりして、虚脱感 にも襲われなかった」。ただし、夜には、胃が収縮するような痛みを覚え、 三時間はどしか眠れなかった。  こうして三日間の断食が終わったが、じつは最大の難所はこのあとにあった。  断食明けの朝、「補食」と呼ばれる四日ぶりの食事は、梅干し一個と重湯に スープだけ。わずか四十キロカロリーはどの流動食に胃が刺激されて、 「食欲がガーンと呼び起こされ、激しい空腹感に襲われた」。夕食も、 梅干しが二個に増えるだけで、「この日が一番辛かった」という。  これを乗り越えて補食二日目以降は俄然、パワーが湧いてきた。 身体がとても軽く、二十キロの散歩も楽々こなし、海辺の露天風呂では海の 美しさに見とれた。「自然が美しいな、と感じたことは何度もありますが、 このときは二十分くらいも感動していました。こんな経験は初めて。 自分のなかの何かが変わった感じがします」(前川さん)  こうして七泊八日の療養を終えた前川さんは最後に「断食が病みつきに なってしまう人も多いそうですが、確かにそれくらいの魅力がある。 究極のリフレッシュを体験した思いです。また、きますよ」と話していた。 ★ケトン体が出てくると五感や・直感力が鋭くなる★  断食には、内臓を休め、老廃物を体外に排出して自然治癒カを高めるなどの 効果があることは、小連載でも何度か紹介してきた(九六年十二月号、九八年 七月号など)。それぞれに断食療法は特徴をもっているが、伊豆健康センター の療法は、故馬淵通夫医師のもとで全国的な健康推進活動をしてきた 「日本みどり会」の考え方をそのまま継承している。  馬淵さんは、現代医療の荒廃を訴えて保険医を辞退し、気(心)、血(食物)、 動(運動)のバランスを整える予防医学をいち早く実践した。そして、その 馬淵さんが「三日断食すれば、食事療法を半年続けたのと同じ効果がある」 という確信のもとで昭和四十八年に開設したのが同センター(旧みどり会 保養所)である。  日本みどり会は昨年解散したが、同センターは昭和五十六年より アイジャパン(株)が運営を引き継いでおり、國田さんは現在の治療責任者だ。  センターの収容人員は三十数名で、現在のスタッフは七人。七泊八日の 断食コースとは別に、多忙な人向けに新しく二泊三日の断食体験コースを 設けるなど独自の取り組みをしている。そのなかで國田さんがとくに 強調するのは、断食を通じての″自分発見″だ。 「断食の身体的な効果もすごいですが、何日間も空腹を抱えて自己と向き合う 体験は、心理的には一種の修行のようなもの。飢餓状態になってケトン体が 出てくれば、精神が研ぎ澄まされていくことは科学的にもわかっています。 断食を通じて自分のなかで燃えている″生命の火″に気づけば、それから の日常生活もガラッと変わるはずです」  ケトン体というのは、断食によってエネルギー源の糖分がなくなったときに、 それに代わって脳に供給される栄養分のこと。このケトン体が出てくると、 気分が爽快になり、味覚、嗅覚などの五感や直感力などが鈍くなる。  マラソンランナーには、ある時点で疲労を感じなくなり、高揚した気分に なる「ランナーズ・ハイ」という現象が起こることが知られているが、 それと同様の「断食ハイ」とでも呼ぶべき現象があるという。  初体験の三日断食くらいでは、その世界をちょっと味わう程度だが、 先の前川さんが、二十分間も海の美しさに見とれていたのも、これに類した 現象らしい。  このはかにも、断食は人間の内面の奥深いところを刺激する力をもって いるようだ。國田さんが目を細めて語るのは、本能に目覚めた何人かの 女性参加者のケースである。  そのうちの一人、K子さん(36)は、カルチャーセンターの講座を コーディネートする仕事のストレスなどでアトピーになり、平成九年四月に 同センターで断食をし、さらに同年七月にも再挑戦した。  これによってアトビーは軽減したが、それ以上にK子さんには大きな 変化が現われた。二回目の断食のあと園田さんにこう告白したという。 「アトビーの治療にきたつもりだったのに、久しぶりに生命が躍動するような 生き生きした気持ちになった。これまで仕事一筋で、結婚も、子どもも いらないと思っていたけど、どういうわけか、結婚して子どもを産みたい、 という気持ちになっちゃった」  ほかにも、これまで数人の女性参加者が同じような感想を語って 帰っていったそうだ。  「断食によって心身ともに自己と向き合ったとき、身体はホルモンや 自律神経のバランスを取り戻し、心も本能的なものを取り戻すんじゃ ないかと思います」と園田さんはいう。  こうした断食の不思議な効用に魅せられる人も多い。 ★断食に目覚めて予防医学の道へ★  証券マンから転身して、鍼灸師をめざして専門学校で学んでいる 内田智康さん(35)は、これまで三度にわたって断食を実賎し、その体験を もとに断食療法を中心にした医療問題を語り合うインターネット上の交流会を 主宰している。  二十歳で胃潰瘍を患ったり、会社員時代も不養生で「身体がいつも重くて、 電車の中などで異様に汗をかく」などの身体の変調が気になっていた 内田さんが、伊豆健康センターの断食を体験したのは平成八年六月。 「これですこぶる体調がよくなったので、毎年一回は断食しようと心に決めた」 という。  二回目が翌年一月、小淵沢にある健康施設で。そして、三回目は昨年三月、 二日半断食を自宅で敢行した。  断食の効用か、「世の中に役立つ仕事をしたい」と思うようにもなった。 証券会社に勤めていたが、相次ぐ背任事件に嫌気もさしていた。そして、 会社の倒産をきっかけに、以前から興味があった鍼灸師の勉強を本格的に 始めることにしたという。  こうした経験をもとに内田さんがインターネット上に開設したのが 健康談義メーリングリスト「Be Well」。中心メンバーの三分の二以上は 断食経験者で、活発な健康論議を続けている。  これとは別に昨年五月には、鍼灸師や医師、薬剤師、柔道整復師、 マッサージ・指圧師などをめざしている人々のネットワークとして 「代替医療」学生交流会メーリングリストも立ち上げ、現在は43人の メンバーで意見交換をしている。  「断食を体験する前には、自分が医療にかかわる仕事をめざすなんて 思いもよらなかった。でも、東洋医学や民間療法を学んでいけばいくほど、 現代医療の歪んだ面が見えてくるんです。断食も含めて、予防医学の大切さを もっと多くの人に知ってもらいたい」  内田さんのように断食に目覚めて、新たな人生を歩みだす人も少なくない。 短期間で心身ともに変貌させる力を、断食療法は確かにもっているようだ。 ひらの・かつみ一九五四年、岡山県生まれ。 早稲田大学政経学部卒業。新聞記者を経て、89年からノンフィクションライター。 著書に『輪廻する赤ちやん』(人文書院)、『夢みる教育』(清流出版)、 『未知科学の扉をひらく』(河出夢新書)、 本連載をまとめた『心を癒す体を治す』(PHP研究所)などがある。 以上