初めてお会いする方々から、会社員を辞めて鍼灸学校へ入学した当時について
質問を受ける機会が多いので、こちらで紹介いたします。
あくまで'98.02当時の文章なので、後に状況が変わっている部分もあります。

★契機と経緯★

主なきっかけは、'97.06の日経新聞の記事です。

'96.01
サラリーマンとしてストレスが多かった頃。新聞の断食体験記事に興味を持った。
'96.06
断食療法を初体験。これをきっかけに、東洋医学的な考え方に興味を持った。
'97.01
妻と知り合う。ど〜ゆ〜わけか、彼女は鍼灸師だった。
鍼を教わって自分の体を素人治療するようになる。
'97.06
日経新聞の記事に感化される。40才になったら(当時は34才)
早期退職して、第二の人生は指圧師になって、福祉の世界で
働きたいと思うようになる。
'97.07
山一證券の総会屋利益供与事件発覚。以後、仕事に対する
モチベーションが急激に低下。残業をしなくなる。同時に、
指圧専門学校夜間部への通学の可能性が頭をヨギるようになる。
'97.08
なぜか妻が、医療系学校のガイドブックを買ってきた。
'97.10
なぜか妻が、各校の入学願書を取り寄せていた。
'97.11
3日、三洋証券倒産。「明日は我が身」と言っていた。山一證券は
含み資産があったので、債務超過だけはあり得ないと信じていた。
22日、山一證券自主廃業発表。簿外債務2600億円には「やられた!」
と思った。かくして12年間コツコツ貯めた社株が紙屑になった。
やがてショックが醒め始めた頃から、指圧&鍼灸の昼間部で、専業
の学生になる道を検討(主に生活費のシミュレーション)を始める。
'97.12
1日、出向していた山一情報システムの社員全員が、EDS社に
移籍するとの新聞報道。元々自分の顧客だった会社で、1〜2年は
働いてみて、後の事を考えようと決めた。
15日、内部情報として、前項が破談になった事を知る。
24日、専業の学生になる可能性について、妻の両親を説得。
26日、CSKの出資で新会社設立&全社員採用を発表。CSKは嫌い
なので移籍しない意向を両親に報告するが、実父母は強く反対。
'98.01
正月の間、心と体の休養。かつ、会社員を辞める決意を固める。
国際鍼灸の願書取り寄せ&ギリギリで2次募集に申し込み。
しかし、勉強していないので、あっさり不合格。八丁堀の学校も
受験するが、同様に不合格。急に焦りだす。残るは花田と呉竹。
とてもじゃないが、生物や社会科の勉強が間に合わない・・・。
24日、山一情報システムが特別清算手続に入ることを発表。
職場のモラルは低下し、まるでタイタニックのようだった。
29日、奇跡的に花田に合格(生物,社会が無いのも助けられた)。
妻と学校の玄関の合格発表の前で抱き合って喜んだ。しかし、
この時点でまだ両親の説得は済んでいない。
'98.02
4日、花田の入学金振り込み。何とか両親も説得。
9日になって、メリルリンチから正式に移籍のオファーが来る。
「何で今さら・・・」と、少し心が揺らいだが、学生になる決意は
変わらない。以後、職場は新会社派とメリル派に分裂して混乱。
28日、山一情報システムを退職。
'98.04
日本鍼灸理療専門学校(花田学園)に入学。

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以下、退職当時('98.02)に同僚達に宛てた私信の転載です。

 私は12年前の昭和61年に山一に入社しました。
証券市場は経済活動における重要な資金調達の場であり、その媒介となる証券
会社に勤務するすることは、自分にとって誇りでした。また、自分の給料の
一部を社株に投入することで、微細ながらも経済活動に参加している自覚を
持つことができました。
 ところが、山一証券は倒産しました。正当な企業努力を重ねた末の倒産で
あればまだしも、度重なる違法行為を続けた挙げ句の結果なので、とても納得
できません。世間に膨大な迷惑をかけた会社に所属してしまった事は、非常に
残念でなりません。もう証券業界には嫌気が差します。
 これを機会に、別の分野で生きたいと考えます。貧乏になってしまうかも
しれませんが、それでも人に胸を張って生きたいです。

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以下、山一を退社した日に、同僚や取引先の方々に宛てた挨拶メールです。

宛先: xxxxxx@xxxxxxxx.co.jp
送信者: Tomoyasu Uchida
日付: 98/02/28 20:23:24
件名: YIS退社のご報告

内田@元山一情報システムです。

 2月28日をもって山一情報システムを退社いたしました。
4月から指圧と鍼灸の専門学校に通学する予定です。
今後は別々の世界で生きる事になりますが、盆と正月ぐらいは
近況をメールいたしますので、今後とも宜しくお願いいたします。
尚、今後の連絡先はフッターをご覧ください。
では、お互い頑張りましょう。

 以下、学校通いに関するFAQです。

●専門学校
・3年間、昼間部に通う。場所は渋谷。学校法人名=花田学園。
・卒業する事で、次の3つの国家資格の受験資格が得られる。
 1=あん摩マッサージ指圧、2=鍼灸師、3=灸師
・授業時間は、月〜金=9:00〜12:15または14:30、土=9:00〜12:15

●基本方針
・夫婦揃って同じ仕事100%にはせず、収入をリスク分散する。
 資格取得後に内田は会社員に戻り、妻の治療院の手伝いを副業とする。
・学費の為に借金はしない。あくまで貯金でまかなう。
・家族に迷惑が掛かると判断された場合には、学業を断念する。

●目的
・会社員定年(またはリストラ解雇)後に備えて、手に職を付けておく。
・既に新潟で開業中の妻の資格は"鍼灸師"だけなので、内田が"あん摩
 マッサージ指圧師"を取って、妻の治療院の業務範囲を広げる。
 (要は、治療院の看板に「○○マッサージ」とか「指圧」と追加できる。
) ・妻の手が回らない仕事を内田が応援しながら、東京にも治療院を設ける。

●職場の状況
 '97.11.22 山一証券自主廃業発表。
 '97.12.01 山一情報システムの社員(出向社員も)はEDS社転籍と発表。
 '97.12.15 内部情報として、前項が破談になった事を知る。
 '97.12.26 CSKの出資で新会社設立&全社員採用を発表。

 '98.01.24 山一情報システムが特別清算手続に入ることを発表。
 '98.02.09 メリルリンチが強引な手口で引き抜き攻勢をかけてくる。
  以後、社内は新会社派とメリル派に分裂して混乱状態になる。
 '98.02.28 一部の社員を除き、山一情報システムの社員が退職する予定。
 '98.03.02 新会社(日本フィッツ株式会社)発足予定。
 '98.04 メリル移籍者が山一証券復帰後に移籍予定。
・新会社移籍約300名+メリル移籍約100名+退社等約200名=合計約600名

●内田の状況
・両親は同意済み。さすがに息子の定年後の事まで口を挟めなかったようです。
・入学金納入済み。退職金を注ぎ込むので、無駄にはしたくないです。
・税金,健保,年金については、向こう3年間分をシミュレーション済み。
・学生生活が破綻した場合は、35才の内('99.02まで)に会社員に戻る。
・学生生活が継続できた場合も、状況把握の為に就職活動は継続しておく。
 優柔不断に見えるかもしれませんが、これが所帯持ちの現実。
・3年後に資格が取得できた後には、会社員に戻る。
 妻の鍼灸治療院の分室を設け、指圧やマッサージの治療を追加する。
 内田は休日や夜間に、妻の治療院を手伝う。
・と言いつつも、事が思惑通りに運ばないのが世の常。
 何度も予期せぬ事態には直面するもの。
・しかし、あらゆる可能性をシミュレーションしていたら何もできない。
・とにかく今は、資格取得を目指して動き出す。
・まあ、別に命取られるわけじゃないし、肩に力を入れ過ぎずに頑張ります。
 「人間万事塞翁が馬」。何がどう吉に転ぶか凶に転ぶか、判らないものです。

塞翁が馬
[淮南子人間訓] 塞翁の馬が逃げたが、北方の駿馬を率いて戻って来た。
喜んでその馬に乗った息子は落馬して足を折ったが、ために戦士とならず
命長らえたという故事。人生は吉凶・禍福が予測できないことのたとえ。

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以上